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共感することが自分を見失うきっかけになっている可能性がある

共感する

共感という言葉

わかるー

だよねー

そうそう

みたいなやつですかね

 

で実際にわかっているかは謎なわけで

周りと一緒だと安心するからという理由で

なんとなく合わせておいたほうがいい気がするという空気の読み合いで

事なかれ主義で

共感している風を装う

たぶんそんなもんじゃない?

という話しをクライアントさんと最近しました

 

一緒だと安心するのはなぜなのか?

違うと不安なのはなぜなのか?

本当に不安なのか?

個人的には

本人ですらわかっていない可能性が高いんだろうな

って感じています

 

わからないからこその不安

それが答えなのではないでしょうか?

 

なぜわからなくなるのか?

たぶん共感しようとするからです

 

共感の連続こそが

自分をわからなくする行為なんじゃないかな

って思います

 

自分の意見ではなく人の意見、考えを通し過ぎているから

自分の意見が通ってこないし

みえてこないし

感じとれなくなってきている

そんな感じです

 

人は誰かしらと関わりながら生きています

これまでもこれからも変わらない普遍的なことだと思います

 

だからこそ

自分の意見もきいていかないと

他者の意見も本当のところでは

共感出来ないのかもしれません

 

あなたはどう感じますかね?

ちょっと自分に問いかけてみてください

 

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