人間は見ていてほしい生き物だと思います
人に自分のことを見ていてほしい
それは承認欲求ではなく
単純に見ていてほしいのだと思います
子供がパパ見てて、ママ見てて
と言っているイメージみなさんはありませんか?
それは単純に見ていてほしいということ
学門的な話しだと
安心感がどうとか
承認欲求がどうとか
そういう類のことを言ったりします
確かにそれもあるのかもしれませんが
個人的にはそれらは微々たるものなんじゃないかなと思います
見ていてほしい
自分では図ることが出来ない部分をあなたの目で見ていてほしい
誰でもいいわけでなく
他の誰かではなくあなたに見ていてほしいのかもしれません
または単純に見られても嫌ではない人
見てもらえてうれしい人に見てほしい
そんな感覚かもしれません
個人差はあれど少しは見てもらいたい
ほっといて欲しい人もいますが(個人的にはこっちのタイプ)
でもシカト・無視をしてほしいというわけでもないはず
この仕事をしていると
直接見ることは出来ないけれど
みなさんの身体から過去の頑張りを見て取ることができます
精神的にどのように負荷があったかも読み取ることが出来ます
出来るというかそれが出来ないと
からだやこころに何をすればいいのか
からだやこころが何を求めているのか
全くわからなくなります
自分自身でも見落としているかもしれない日々の出来事
それは小さなものかもしれませんが身体の中に残って問題を引き起こすモノです
その部分をしっかり見てあげることでしか消化できない
その部分を見ることで気づくことがある
この仕事の一番大切な部分は見てあげるということなのかな
そんな風に感じています
それが身体を預けてもらっている責任のひとつ
そう思っております
